桜蔭 2023年 大問1 問5

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■記述問題を解く際のコツについて
 お伝えします。

 今日お伝えするコツは
前の問がヒントになっている
 ということです。

 これは問2以降に限ってしまいますが、
 先週扱った筑駒もそういうタイプでしたし
 開成もそういうタイプです。
 
 ノーヒントで答えるのは
 さすがに難しいだろうから
 それまでの問でヒントを示すよ
 という中学側の配慮はいりょだと思います。

 それでは今日も
 実際の問題を解いて理解を深めます。

 きのうまでの文章の問5になります。

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■次の文章を読んで、後の問に答えなさい。

●2020年6月5日(中略)

こんばんは。

作家の高橋源一郎です。

少しずつですが、
日常が戻りつつあります。

みなさんはどうでしょうか。

前回の放送の直後、
おそらくはSNSでの誹謗中傷のせいで、
ひとりの若い女性が命を絶ちました。

その、痛ましいニュースを耳にしながら、
ぼくは、この番組でも紹介した、
「新型コロナウイルス」の流行以降、
世界中でもっとも読まれている本、
カミュの『ペスト』の、
ある登場人物のことばを思い出しました。

彼は主人公である医師のリウーに
こう告白します。

「誰でもめいめい自分のうちに
 ペストをもっているんだ。

なぜかといえば誰一人、
まったくこの世に誰一人、
その病気を免れているものはないからだ。

そうして、引っきりなしに、
自分で警戒していなければ、
ちょっとうっかりした瞬間に、
ほかのものの顔に息を吹きかけて、
病毒をくっつけちまうようなことになる。

自然なものというのは、
きんなのだ。

そのほかのもの健康とか無傷とか、
なんなら清浄といってもいいが、
そういうものは意志の結果で、
しかもその意志は
決してゆるめてはならないのだ。

りっぱな人間、
つまりほとんど誰にも
病菌を感染させない人間とは、
できるだけ気をゆるめない人間のことだ。

しかし、そのためには、
それこそよっぽどの意志と緊張をもって、
決して気をゆるめないようにして
いなければならんのだ」

口から出る「息」に含まれ、
他人に感染して傷つけるもの。

いうまでもなく、
それは「ことば」に他なりません。

「ペスト」を、いや、あらゆる、
人を傷つけるウイルスを、
ぼくたちはみんな持っているのです。

ぼくは半世紀以上も前から、
カミュの愛読者で、
およそ手に入るものは
みんな読んできましたが、
いまのことばに、
カミュが生涯をかけたメッセージが
詰まっていると思っています。

人を傷つけることばを吐くことが
いけないことは、誰でもわかる。

けれども、なぜか、カミュは
「誰一人、まったくこの世に誰一人、
この病気を免れているものはない」
というのです。

誰でも、自分は正しいと思って、
ことばを発します。

それでも、そのことばは、
どこかで誰かを深く傷つける。

どんなことばでも。

それがいやなら、
沈黙するしかありません。

それを知りながら、カミュは、
ことばを発すること、
書くことをやめませんでした。

だから、カミュのことばは、
自信たっぷりではなく、とまどいながら、
自分自身を疑いながら、
怯えながら、書かれています。

それだけが、「ペスト」のように感染し、
人を傷つけることばにならない可能性を
持つことを知っていたのです。

●2020年12月11日(中略)

先日、ぼくも大好きな、
パンクロックバンド、
銀杏ぎんなんBOYZのヴォーカルで
シンガーソングライター、
優れた俳優としても知られる
峯田和伸みねたかずのぶさんの
インタビューが話題になりました。

ぼくもそれを読んで、感心し、
そして、そのインタビューの最後に
でてきたことばに強くうたれたのでした。

峯田さんは、ツイッターやSNSで、
人々が、みんなひとつの方向に
流れ出そうとしていることが
怖いといいました。

それは、文句をいっているうちに、
どんどん悪い感情に
押し流されていくからだと。

インスタグラムをやっている峯田さんに、
ひとりしかフォローしていないのは
なぜですか、とインタビュアーが訊ねると、
峯田さんはこう答えました。

「誰かとつながろうとか、
一切ないんだよね。
もう、この年で
新しく誰かとつながりたいとか、
友達できたらいいなとか思わないよ。

今いる友達とずっと会ってたいの。

つながりたくないんだよね、誰とも」

たとえば、「キズナ」ということばが
持っているイヤらしさに、
峯田さんは敏感なのだと思います。

そして、誰かがなにかをしでかすと、
みんなが「謝罪しろ」というフウチョウ
自分の友だちでも知り合いでも
なんでもないのに。

みんなストレスがたまっていて、
誰かが謝るところを見たいのだろうか。

あるいは、有名人が亡くなると、
みんなが一斉に
「ご冥福を」と声をあげること。

どうして、みんな
「関係ないね」といわないのだろうか。

そのことについて、
峯田さんは、こういうのでした。

「世の中で何かが起こった。
さっぱり関係ないはずなのに、
「私はこう思う」とか、
世界とすごくくっついちゃってさ。

本来、自分と世界なんて違うじゃん。

別に関係ないんだもん。

世界と一個になろうとしてるんだよね。

世界と一個になんかなれないよ、
そんなの」。

そんな峯田さんの気持ちを
ひとことでいいあらわすことば。

それを、インタビュアーが
思い出させます。

去年の武道館での
銀杏BOYZの公演のタイトルでした。

「世界がひとつになりませんように」
いいことばだ、と思いました。

峯田さんはいいます。

「ネットってさ、

最初のころはすごい楽しみで

『あっ、世界が近くなる』

『もっとわからない世界が知れるようになる』

ってワクワクしたんだけど。

今はそんなにワクワクしない。

広がると思ったのに、
どんどん狭くなっちゃって」と。

バラバラだからおもしろい。

バラバラだから、広い。

ひとつの意見、
ひとつの考えになった瞬間に、
その世界は狭く、
息苦しいものになってゆきます。

だから、
「世界がひとつになりませんように」。
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■問 

 作家である筆者は、
 カミュ・峯田和伸という表現者の
 どのような点に希望を感じているのですか。

※字数の制限はありません。
 マス目がない解答欄の大きさにあわせて
 記述する必要があります。

※実物大の解答欄を見たところ
 おおよそ70字~100字だと思います。
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■解説・解答

 まずいつものように
 問で聞かれていることを確認します。

「作家である筆者は、
 カミュ・峯田和伸という表現者の
 どのような点に
 希望を感じているのですか。 」
 
 とあるので、答え方は
「~点。」になります。

 なお、これはカミュと峯田さんに
 共通することです。

 なぜなら、
「それぞれのどのような点に…」とは
 聞いていないからです。

 また、単に「筆者は…」ではなく
「作家である筆者は…」と聞いていることから
 筆者の作家、つまり
「ものを表現する人」という立場を
 強調していることが分かります。

 その、ものを表現する人である筆者は
 同じく表現者であるカミュと峯田さんの
 どのような点に希望を感じているのか
 と聞いているので

「表現すること」に着目して、
 筆者がカミュ・峯田さんの
 どういうところに希望を感じているのかを
 本文から探します。

 するとまず
 最初の6月5日の文章から
 以下のところが
 見つかるのではないでしょうか。

★「ことばは、
 どこかで誰かを深く傷つける。

 どんなことばでも。…

 それを知りながら、カミュは、
 ことばを発すること、
 書くことをやめませんでした。

 だから、カミュのことばは、
 自信たっぷりではなく、とまどいながら、
 自分自身を疑いながら、
 怯えながら、書かれています。

 それだけが、『ペスト』のように感染し、
 人を傷つけることばにならない可能性を
 持つことを知っていたのです

※最後の部分が特に
 筆者が感じている希望です。
 
 カミュが知っていた点に
 希望を感じています。

 また、峯田さんの考えも
 これと似ています。

 なぜなら、12月11日の文章の中に

「峯田さんはツイッターやSNSで
 人々が、みんなひとつの方向に
 流れ出そうとしていることが怖い…。

 文句をいっているうちに、
 どんどん悪い感情に押し流されていくから」

 と書いてあり、これはカミュの

「ことばは、
 どこかで誰かを深く傷つける。
 どんなことばでも」

 という考えと似ているからです。

 したがって
 ★のカミュのことばを中心にまとめます。
 
★「ことばは、
 どこかで誰かを深く傷つける。

 どんなことばでも。…

 それを知りながら、カミュは、
 ことばを発すること、
 書くことをやめませんでした。

 だから、カミュのことばは、
 自信たっぷりではなく、とまどいながら、
 自分自身を疑いながら、
 怯えながら、書かれています。

 それだけが、『ペスト』のように感染し、
 人を傷つけることばにならない可能性を
 持つことを知っていたのです」


☆「カミュはどんなことばでも
 どこかで誰かを
 深く傷つけることを知りながら

 ことばを発すること、
 書くことをやめませんでした。

 カミュは自信たっぷりではなく、
 とまどいながら、
 自分自身を疑いながら、
 怯えながら、書いた。

 それだけが
 人を傷つけることばにならない可能性を
 持つことを知っていた点。」
  
※倒置法を正しい順序にし、
 同じ内容のところは1つにしました。

 次に問2で
「何にとまどい、何に怯えているのか」を
 答えたのでその内容を入れます。

※問2の私の答えは

「ことばを発すること 
 書くことにとまどいながら  
 自分のことばはどんなことばでも  
 どこかで誰かを深く傷つけてしまう事に
 怯えている」です。

☆「どんなことばでも
 どこかで誰かを
 深く傷つけることを知りながら

 ことばを発すること、
 書くことをやめませんでした。

 カミュは自信たっぷりではなく、
 とまどいながら、
 自分自身を疑いながら、
 怯えながら、書いた。

 それだけが人を傷つける
 ことばにならない可能性を
 持つことを知っていたという点。」


〇「どんなことばでも
 どこかで誰かを
 深く傷つけることを知りながら

 自信たっぷりではなく、
 ことばを発すること書くことに
 とまどいながら、
 自分自身を疑いながら、

 自分のことばはどんなことばでも  
 どこかで誰かを深く傷つけてしまう事に
 怯えながら、書いた。

 それだけが人を傷つける
 ことばにならない可能性を
 持つことを知っている点。」

※問2の答えを入れて、
 同じ内容のところは1つにしました。
 
※またカミュと峯田さんの
 共通点を答えるので
「カミュは」という主語は取り除きました。

 これだと字数が多すぎるので
 無くても意味が通るところは削り
 読みやすいように整えます。

〇「どんなことばでも
 どこかで誰かを
 深く傷つけることを知りながら

 自信たっぷりではなく、
 ことばを発すること書くことに
 とまどいながら、
 自分自身を疑いながら、

 自分のことばはどんなことばでも  
 どこかで誰かを深く傷つけてしまう事に
 怯えながら、書いた。

 それだけが人を傷つける
 ことばにならない可能性を
 持つことを知っている点。」


◎「ことばを表現することに 
 とまどい

 自分のことばはどんなことばでも 
 どこかで誰かを深く傷つけてしまう事に 
 怯えているが 

 そうすることだけが 
 人を傷つけることばに 
 ならない可能性を持つことを 
 知っている点。」 

※同じ内容のところは1つにしました。

※倒置法は順番を入れ替えました。

※「ことばを発すること書くこと」
→「表現すること」にしました。

 最後に、いつものように
 問につなげて意味が通るか
 確認します。

◎「ことばを表現することにとまどい

 自分のことばはどんなことばでも  
 どこかで誰かを深く傷つけてしまう事に
 怯えているが

 そうすることだけが
 人を傷つけることばに
 ならない可能性を持つことを
 知っている点」に作家である
 筆者は希望を感じている。

 いいですね、ちゃんと
 意味が通ってますね。

 カミュも峯田さんも
 ことばを表現することにとまどい、
 誰かを傷つけてしまうことに怯えているけど
 そうやって慎重になることだけが
 人を傷つけない可能性を持つことを
 2人ともちゃんと知っている点に
 高橋さんは希望を感じている
 ということですね。
 
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解答(学校発表なし)  
  
 ことばを表現することにとまどい  
 自分のことばはどんなことばでも 
 どこかで誰かを深く傷つけてしまう事に 
 怯えているが 
 そうすることだけが 
 人を傷つけることばに  
 ならない可能性を持つことを 
 知っている点。
(93字)

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■編集後記

 大問題1の最後の問だけあって
 かなり難しかったと思います。

 やはり、この前お伝えしたように
 配点の全てを取りにいくのではなく、
 6~7割の得点を取りにいくことを狙って
 短時間で「ある程度」の答案を
 書くのが良い戦略だと思います。

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