★要約する際のコツ
要約する際には
文章中で重要な箇所を
見つけ出す必要があります。
では、どこが重要なのかと言うと
論説文においては
筆者が言いたいことが
重要なところです。
具体例が長々と述べられていても
「最終的に、筆者はこの例で
何が言いたいの?」
ということを意識して
読み進めましょう。
具体例は、筆者の主張に
説得力を持たせるために
用いられるのです。
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■次の文章を読んで、要約しなさい。
1999年夏、私はハンガリーの
草原に座っていました。
皆既日食に合わせて開催された、
若手研究会に参加させてもらったのです。
「日食」は、
太陽の手前を月が横切って
日光をさえぎる天体現象です。
中でもすっぽりと
太陽をかくしてしまう皆既日食は、
昼の明るい空が完全な闇夜に変わる、
珍しいイベントです。
私も知識はありましたが、
わかった気になっていたのかもしれません。
それは初めて体験する、
幻想的で、
日常とは異質の風景でした。
まず、太陽に
変化を感じない頃から
肌寒くなります。
じっとしていても
汗ばむほどの真夏だったのに、
いつの間にか冷たい風が吹き始めて
少し薄暗くなってきました。
異変を感じたのか、
馬が何頭もヒヒーンといななき、
鳥や蝶が忙しそうに
低空飛行していきます。
そして、さらに
あたりが暗くなって、
ついに太陽の光が消えた瞬間―
夏の昼は闇になり、
360度の地平線は朝焼け色に染まって、
空には星がいくつも
キラキラ輝き始めました。
馬はもう声も出さずに、
じっとしています。
暗くて鳥や蝶の姿は見えませんが、
気配が消えています。
いっぽう、人間は大さわぎです。
各国から集まった人たちからは
歓声が上がり、
ある人は口笛を吹き、
ある人はカメラのシャッターを切り、
カップルは抱き合っていました。
でも人間も、もし数分後には
月が通り過ぎて再び
太陽が顔を出すことを知らなければ、
本当にびっくりするだろうし、
世にも恐ろしいことが
起きたと感じることでしょう。
淡々と進む宇宙のできごとを前に、
その時の私の感情が
喜怒哀楽のどれだったかは、
実はうまく表現ができません。
ただ、ひとすじの光が
月の裏側からこぼれ出た瞬間に、
夜は昼になり、夏が戻り、
馬が声を上げ、蝶が舞い、
鳥の姿が見えて、私はとっさに
「生かされている」と感じたのです。
近くにいたご婦人が私を見て、
「あら、あなた泣いているの」
と私の背中に手を
置いてくれたのを覚えています。
古代の人たちは、
天を注意深く観察して
生活の役に立てていました。
もちろん、時計も
GPSもない時代です。
日の出入りや月の満ち欠けは、
時間が流れていることを
教えてくれました。
いつも同じ方角にある星は、
旅をする人に
進む道はどっちかを教えました。
古代エジプトの人たちは、
おおいぬ座の「シリウス」という星が
日の出直前に見えると、
もうすぐナイル川が氾濫する季節だ、
というのを知りました。
彼らは自然災害から身を守って、
種まきのための栄養たっぷりの土が
やってくるタイミングを
星に教えてもらったのです。
星座の星たちとは
天でのふるまいが違う惑星は、
うつろいやすい人間社会の運勢と
結びつけられることもありました。
(現代の星占いは、
このあたりから生まれたようです)。
空に尾を引く
彗星 (ほうき星)や日食など、
突然起こる空のできごとは、
不吉の前触れとも考えられました。
今ほど、迷信と科学が
はっきり分かれていなかった時代です。
古代の人たちにとって、
空のできごとは
今と比べものにならないほど
神秘的でおごそかな現象として
見えていたことでしょう。
ひるがえって現代の私たちは、
日食がどうして起こるのかを
科学的に知るようになりました。
太陽の位置を知らなくても
時刻がわかるし、カーナビを使えば
旅先で困ることも減ったし、
わからないことは
スマホやパソコンで検索すれば
あっという間にいろんな知識を
教えてくれます。
考えたらすごいことです。
人に与えられた命の時間は
せいぜい100年足らず。
あなたひとりや、私ひとりの力では
絶対にこうはなっていないのです。
人間がスペシャルなのは、ひとつには
自分たちのすごい知恵 (英知)を
世代を超えてリレーしているところです。
知恵のリレーの横には、
必ず 「記録 (データ)」があります。
たとえば新しいスマホやテレビドラマ、
コンビニのお弁当メニューでも、
何でもいきなり完成品はできませんよね。
たくさんのテストを重ねて、
失敗するたびに工夫し、
その経験や記録をもとにして、
人は少しずつ前へと進んできたのです。
その結果として、この日常があって、
ここが岩の惑星の上だということを知り、
人は恐竜と違って「知らぬが仏」では
なくなってきているのです。
ふだんの生活では
あまり気にしないものですが、
経験や記録というのは、
明日の自分のために極めて大切だ、
と知っておいたほうがよいものです。
というのも、この世界では
人類の英知を無視したり
排除したりということが、
いとも簡単に起きてしまうからです。
たとえば、
5世紀のアレクサンドリアに
ヒュパティアという学者がいました。
とても聡明な人で、
数学者、 天文学者、教師として
多くの人たちから尊敬を集めました。
でも同時に、彼女の
科学的で学術的な考え方や態度は、
妬みも生んでしまったようです。
やがて信仰や思想が
はずれていると追いつめられ、
ついには暴徒におそわれてしまいました。
とても残虐でむごい最期だったと
伝えられます。
近世のイタリアでは、
地球や太陽が宇宙の中心ではない、
と言ったブルーノという修道士が、
教会の教えに背いたという理由で
火あぶりの刑になりました。
こうしたすぐれた知恵のもち主が、
大勢の人の考えに合わないとか、
権力をもった人の
気に食わないという理由で
消されてしまい、彼らが
つなぐはずだった知恵のリレーは、
その価値を理解できない人たちによって
断ち切られてしまったのです。
英知そのものでもある書物を
次の世代にリレーできない、
ということもよく起きました。
秦の始皇帝が行った焚書
(書物を焼いてしまうこと)も
そのひとつです。
同じ時代の古代アレクサンドリアでは、
図書館にせっせと書物を集めていました。
でもその図書館も数百年後には
壊されてしまいました。
ようやく手にした英知を、
私たちは時代の流れの中に何度も
落としたりなくしたりしてきたのです。
知恵をリレーするためには、
あなたや私を含むたくさんの人が
その価値を知って、
意識的に管理したり
保管したりする「空気」が必要なのです。
もちろんこれは
天文学にかぎった話ではありません。
天文の世界では
こんな知恵のリレーがありました。
高さ600kmの宇宙空間に浮かぶ
ハッブル宇宙望遠鏡の名前になった、
エドウィン・ハッブルといえば、
銀河系の外にも宇宙が広がっていること、
ほかの銀河が私たちからどんどん
遠ざかっていることを見つけた
天文学者です。
彼の発見は20世紀の大発見でした。
というのも、この発見より前は、
私たちのいるこの銀河系こそが
宇宙のすべてで、宇宙は動かず、
始まりも終わりもない、
と考える人が多かったからです。
それが「宇宙は広大で無常である」
と知ってびっくり仰天、
人間の宇宙観はこの発見をきっかけに
ガラッと変わり始めました。
でも、世の中のあらゆる成果と同様、
この大発見も
ハッブル一人のがんばりだけで
実現したものではありませんでした。
何年も前の観測データ (記録)を
貴重品として保管していた人や、
自分のデータを惜しまず公開した
スライファーという研究者の存在があり、
発見には「過去のデータ」が
重要な役目を果たしたのです。
ハッブルが使った
「天体の距離を測る方法」も、
先にリービットという
ものすごく根気強い研究者がいて、
彼女が発見していたものでした。
加えて、
「大きくて性能の良い望遠鏡」は、
ハッブルが自由に使うことができる
状態になっていました。
ハッブルの大発見は、
みんなが少しずつ
リレーした知恵や工夫が満を持して
花開いたものだったのです。
天文学には
「データベース天文学」という
研究方法があります。
これは、過去のデータを
きちんと管理して
誰でも使える状態にしておくことで、
別のデータと組み合わせたり、
誰かの発見を確認(検証)したりする
研究方法のことです。
たとえば、
宇宙に向けてパシャリと
撮影した写真(データ)には、
無数の星や銀河が写っています。
それは宇宙のある瞬間、
ある場所を写した唯一無二の記録です。
そこには最初の研究目的とは違う、
大発見につながる思いがけない現象や、
地球の危機を救う”何か”が
写っているかもしれません。
でも、ただ放っておくと、
貴重で膨大なデータは
使い捨てになってしまいます。
そうならないためにも、
「データベース天文学」は
華々しくこそありませんが、
とても重要な研究方法なのです。
最近では、研究成果や
データを人類のために公開する
「オープンサイエンス」という
世界的な動きもあります。
これはいわば、
世界中で知識や情報や成果を
共有して一緒に前に進みましょう、
という流れです。
その流れは、2020年、
世界が新型コロナウイルス感染症
(COVID-19) で
右往左往し始めたときにも見られました。
ウイルスの脅威によって、
私たちは日々の何気ない暮らしだけでなく
生命の危機にも直面して
ゴールの見えない状況に置かれました。
そんな中、いち早く
感染症に関係する研究データを
国際的に共有しよう、
という動きがあったのです。
研究者というものは、
ふだんはじっくりと慎重に時間をかけて
結果を磨き上げていくものです。
信頼できるデータか
ということも厳しく調べて、
論文などで成果を世に出すまでは
研究データを公開しないことが多いのです。
でも、人間のピンチを前にして、
もたもたしているうちに
消える命をなんとしても救うのだと、
彼らは所属機関や国境や民族を超え、
情報を共有して疫病と戦い、
共に前に進もうとしました。
私たち人間は
迷信の時代を抜け出そうと、
たった今も模索とチャレンジを
続けているところなのです。
ふだん座っているその椅子も、
灯りも、部屋も、この本も、
平和な朝がやってくることも、
たくさんの知恵のリレーに
支えられているといえます。
そういう目で、
もう一度まわりを一つひとつ
見渡してみてほしいのです。
360度どこを見ても、
あなたの暮らしの中に
あたりまえは何ひとつないはずです。
(野田 祥代
『夜、寝る前に読みたい宇宙の話』)
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■解説・解答
まず、私がこの文章で
重要だと思ったところをお伝えします。
★「私は…『生かされている』と感じた」
※最初の皆既日食のエピソードは
結局これが言いたかったわけです。
★「人間がスペシャルなのは、
ひとつには
自分たちのすごい知恵(英知)を
世代を超えてリレーしているところです」
※古代エジプトの人たちは…の話も
結局はこれが言いたかったのです。
★「経験や記録というのは、
明日の自分のために極めて大切だ、
と知っておいたほうがよい」
※この主張に説得力を持たせるために
この後でアレクサンドリアやイタリアの
過去の事例を紹介しているのです。
★「知恵をリレーするためには、
あなたや私を含むたくさんの人が
その価値を知って、
意識的に管理したり保管したりする
『空気』が必要」
※具体例の最後に、
もう一度同じ主張を述べています。
★「たくさんの知恵のリレーに支えられている」
★「あなたの暮らしの中にあたりまえは
何ひとつない」
※最後に、今までの文章で
述べてきた主張を
もう一度述べています。
次に、上記の★をまとめた
私なりの要約を載せておきます。
◎「私たちの暮らしの中に
あたりまえは何ひとつなく
人間が他の動物と違い
スペシャルなのは
自分たちのすごい知恵(英知)を
世代を超えてリレーしているからだ。
しかし、そうするためには
たくさんの人がその価値を知って
意識的に管理したり保管したりする
『空気』が必要である。」
※同じ内容のところは一つにし
読みやすくしました。
※「他の動物と違い」を補いました。
(分かりやすくするため。)
☆解説
今は時計やGPSがあり
便利な世の中だけど、
これって人類が
知恵(英知)を重ねてきたから
成り立っているんだよね。
だけど、古代アレクサンドリアや
イタリアでは
その人類の知恵(英知)は
無視されたり排除されてしまったので
そうならないよう
私たちが気をつける必要があるよね。
ということです。
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■解答
私たちの暮らしの中に
あたりまえは何ひとつなく
人間が他の動物と違い
スペシャルなのは
自分たちのすごい知恵(英知)を
世代を超えてリレーしているからだ。
しかし、そうするためには
たくさんの人がその価値を知って
意識的に管理したり保管したりする
「空気」が必要である。
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■おまけ
野田さんは1971年、愛知県生まれで
名古屋大学をご卒業されています。
国立天文台天文データセンター勤務後
現在は執筆活動の他に、子供向けに
宇宙に関する活動を行っています。
『夜、寝る前に読みたい宇宙の話』は
2022年4月に出版され
都立三鷹中等教育学校の
入試問題にも使われました。
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