物語文について
知っておいて欲しいことがあります。
それは、物語文にも
「作者が伝えたいことがある」
ということです。
論説文ほど直接的に
書かれてはいませんが
物語文にも、その文章を通じて
作者が読者に
伝えたいことがあります。
なので、物語文を読む際は
「〇〇が~した話を通して
作者は…ということを伝えたい。」
と考える(要約する)と
内容が理解しやすくなります。
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■次の文章を読んで、
「〇〇が~した話を通して
作者は…ということを伝えたい。」
の型で要約しなさい。
※(a)などの表記は
入試問題のままにしてあります。
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もしかしたら、もしかしたら。
自転車のペダルをふみながら、
頭の中に
「もしかしたら」の一言がうずまく。
祖母の固く目を閉じた姿がうかび、
いっしょになって(a)と回る。
胸が苦しい。
もしかしたら、
おばあちゃんに何かあったんじゃ。
もしかしたら、もしかしたら。
おばあちゃん、目をサまして、
あたしを呼んだんじゃないだろうか。
あたしがいないから、
一人で薬を飲もうと
したんじゃないだろうか。
キッチンに行こうとして転んで……。
救急車のサイレンはまだ聞こえている。
どんどん大きくなっている。
杏里の不安もどんどんふくらんでいく。
力いっぱい自転車をこぐ。
速く、速く、もっと速く。
「あ……」
救急車が止まっていた。
家の近くのマンションの前だ。
近所の人たちが数人、
救急車を見つめている。
「何があったの」
「マンションの前で
自転車どうしがぶつかったんですって。
高校生が転んで、額を切ったらしいわ」
「あらまあ、だいじょうぶなの」
「たいしたことなかったみたいよ。
救急車に乗るのが
恥ずかしいだなんて言ってたぐらいだから」
「それはよかった。
けど、人騒がせだよねえ。
だいたい、
このごろの若い人って
自転車の乗り方が荒すぎるわよ。
危ないったらありゃしない」
「そうそう、ほんとにそうよ。
わたしもこの前ね、
スーパーの駐車場であやうく、
大けがしそうになって……」
二人の女の人がおしゃべりを始める。
救急車はまたサイレンを鳴らして
遠ざかっていった。
そのテールランプが曲がりかどに消えても、
女の人たちはしゃべり続けている。
杏里は自転車を押しながら、
その横をそっと通り過ぎた。
「杏里」
美穂が追いついてくる。
息を弾ませていた。
走ってきたのだ。
「美穂ちゃん、ごめんね。
あたし、
おばあちゃんのことが気になって。
つい」
「杏里のおばあちゃん、 どうかしたの?」
「あ、うん、
ちょっとぐあいが悪いみたいで……」
「え?もしかして、杏里、
看病してたわけ?」
「そんなにたいしたことしてないの。
ただ、
母さんに様子を見ていてって
言われただけで……」
家についた。
自転車を止め、
玄関のドアを開ける。
「美穂ちゃん、よっていくでしょ。
家の中でゆっくり話、しようよ」
「杏里」
美穂が顔を上げ、
杏里をまっすぐに見つめてきた。
「嫌だって、言える?」
「え?」
「あたしにさ、『嫌だ』って言える?」
「美穂ちゃん……」
美穂の手が杏里の腕をつかんだ。
いつもは、
(b)とよく動く瞳が
杏里に向けられたままで微動しない。
「あたしね、
杏里になら言えると思うんだ。
嫌なときや、嫌なこと、
ちゃんと『嫌だ』って
言えるような気がするんだ」
美穂の目は真剣だった。
こんなふうに真剣に、
まっすぐに他人に見つめられたことなんて、
一度もない。
あたしね、杏里……すごく恐くて…
自分の思ったこと
正直に言うのすごく恐くて、
誰にもほんとうのこと、
言えないみたいな気持ちになってた」
「うん」
杏里はゆっくり、うなずいた。
よくわかる。
美穂の言っていることが、
言おうとしていることがよく、
わかる。
友だちの誘いや話題に
「嫌」と言うのは難しい。
とても、難しい。
つい、臆病になってしまう。
臆病になって、
自分の心や意思をつい、
おさえこんでしまう。
杏里もそうだった。
苦い思いが胸を過ぎっていく。
「あたしさ、杏里に会う前に
友だちから無視されたことがあって……
知ってた?」
「うん。バーガーショップで、
※前畑くんから聞いた。
あたしが教えてって頼んだの」
「そっか。
※ヒサ、そのこともしゃべったか。
うん、そうなんだよね。
あたしだって、相手を傷つけるって
わかっていることを言っちゃいけないって、
それぐらい、
ちゃんと考えてるんだ。
相手の心が傷つくってわかっていながら、
わざと言うなんて最低だって」
美穂がつばを飲み込んだ。
ふっと小さく息を吐く。
「だけど、友だちって
思っていることを言い合えるから
友だちでしょ。
嫌なことは嫌だって言えるから
友だちでしょ。
『嫌だ』も言えないようなのって、
おかしいよね」
もう一度大きく、杏里はうなずいた。
美穂を励ますために、
適当に相づちを打っているのではない。
その通りだと思うのだ。
言葉で人を傷つけてはいけない。
それは暴力だ。
言葉はときに、
こぶしで殴るより、謝りつけるより、
深い傷を相手に負わせる。
そう、言葉で人を
傷つけてはいけない。
でも、飲み込んでしまっても
だめなんだと思う。
相手がたいせつな人なら、
だいじな友人なら、なおさら、
言葉を飲み込んだまま
黙ってしまってはだめなのだ。
あたしは、こう思うんだ。
あたしは、そんなふうには感じないよ。
あたしは、こっちの方が好きだけどな。
あたしは、それは嫌だな。
自分の内にある感情をきちんと伝える。
相手の思いをきちんと受け止める。
ときにケンカもするし、
言い合うこともある。
だけど、そのあと、
肩を並べて歩いたりできる。
笑いあえる。
友だちって、そういうものだろう。
「あたし、おしゃべりだし、
考え無しのとこあるし、
鈍かったりするし……だから、ときどき、
相手を嫌な気分にさせちゃうんだ。
そういうとき、そういうとき……
ちゃんと言ってほしいの。
『美穂、今、すごく嫌なこと言ったよ』って。
あたし、そのときは、
けっこうへこむかもしれないけど、
やっぱ、すっきりすると思うんだ。
素直に『ごめんね』って
謝れたりできる気がするんだ。
こんなこと言っちゃいけないかもって、
びくびくしながらいっしょにいるの……
ちがうよね」
だから、
杏里にはちゃんと言ってほしい。
つごうの悪いときや、
気持ちの合わないときに、
ちゃんと『嫌だ』って……
無理して、 あたしに、
付き合ったりしないで」
「わかったよ」
杏里は力をこめ、 そう答えた。
だけど美穂ちゃん、
あたし、今日は無理して、我慢して、
美穂ちゃんに付き合ったわけじゃないよ」
背の高い香里を見上げてくる。
「あたし、
美穂ちゃんのことが気になったから、
気になってどうしようもなくなったから、
水鳥公園に行ったの。
無理とかじゃないよ。
でも、今度、
同じようなことがあったら……
あたし、ちゃんと、説明するね。
今、家を出られないって、
ちゃんと説明するから」
口元にエクボができた。
(c)とした、
とてもきれいな笑顔だった。
つられて、杏里も笑っていた。
「なるほどね、そういうことなんだ」
背後で声がした。
ふりかえり、息を飲む。
母の加奈子が立っていた。
玄関の上がり口に、
腕を組んで立っている。
険しい目をしていた。
「……母さん」
「ちょっと無責任じゃないの、杏里」
目つきだけではない。
加奈子の口調にも
尖って冷たい響きがあった。
いつもとまるでちがう。
怒っているのだ。
母の怒りが伝わってくる。
「おばあちゃんをホウっておいて
どこに消えたのかと思ったら、
水島公園なんかに行ってたんだ。
どういうつもりなの」
「おばさん」
「ちがうんです。
あたしが、
杏里を呼び出したんです。
どうしても聞いてもらいたいこと、
あって、あたしが」
「美穂ちゃん」
加奈子がゆっくりと美穂を呼んだ。
「杏里をかばってくれて、ありがとう。
けどね、どんな理由があっても、
杏里が頼まれたことをホウり出して
外出したのは事実なの。
どうしても
出かけなければならないんだったら、
わたしに一言、言えばよかったのよ。
杏里はそれをしなかった。
何事もなかったからよかったけど、
もし、おばあちゃんに何かあったら、
ごめんなさいって謝っただけじゃ
すまなかったでしょ。
杏里、もう少し、
自分の行動に責任をもちなさい」
「……はい」
言い返せない。
母の言うとおりだった。
美穂から電話を受けたとき、
もう少し丁寧に
事情を説明すべきだったのだ。
今、動けないから
家に来てと伝えるべきだったのだ。
そうすれば、
美穂は訪ねてきてくれただろう。
リビングに座り、
(d)と語ってくれただろう。
もっと、
美穂を信じるべきだったのだ。
自分の責任を考えるべきだったのだ。
ため息が出る。
だけど、
あたしはあたし口口に一生懸命だった……。
「加奈子さん、
そこまでにしといてちょうだい」
菊枝がリビングから出てきた。
寝巻きの上に薄いガウンを着込んでいる。
「あんまり杏里を叱らないで。
なんだか、
わたしが叱られている気分になりますよ。
それにね、
加奈子さんはわたしに気を遣いすぎ。
このくらいの熱なら、
一人で寝ていればナオるんだからね」
「まぁ、でも、お義母さん」
「家族って、
気を遣いすぎるとうまくいかないもんだよ。
気遣いは必要だけど、過ぎちゃだめ。
もっと、□でいいの。
でないと、(e)しちゃって、
お互い、居心地悪くなるでしょ」
そこで、
菊枝は軽く片目をつぶってみせた。
「もちろん、加奈子さんの
優しい気持ちには感謝してるけどね」
杏里と美穂は顔を見合わせていた。
そうか、
友だちも家族も同じなんだ。
自然のままに。
自然のまま互いが心地よくいられる。
そんな関係が一番、
すてきなんだ。
「そうかぁ、わたし、
気を遣いすぎてましたか」
「あら、加奈子さん。
急に力をぬかなくてもいいからね」
菊枝がばたばたと手を振る。
そのしぐさがおかしくて、
杏里は笑ってしまった。
美穂も加奈子も笑い声をあげる。
菊枝も笑っていた。
開けはなしたドアから
四人の笑い声が流れ出る。
そして、
柔らかな日差しの中にとけていった。
(あさの あつこ『一年四組の窓から』)
※「前畑くん」「ヒサ」…前畑久邦(ひさくに)
杏里と美穂の共通の友人。
美穂とは幼なじみ。
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■解説
まず、要約の前半の
「〇〇が~した話を通して」の部分の
「〇〇が」については
「美穂と杏里」だけで
良いのではないでしょうか。
加奈子と菊枝も出てきますが
この2人のやり取りは
美穂と杏里のやり取りを
補足するためのものなので
主人公ではないですね。
次に「~した話を通して」ですが、
美穂と杏里が何をしたのかと言うと
本当の友だちのあるべき姿について
真剣に話し合いましたよね。
文章中盤の美穂のセリフに
「だけど、友だちって思っていることを
言い合えるから友だちでしょ。
嫌なことは嫌だって言えるから友だちでしょ。
『嫌だ』も言えないようなのって、
おかしいよね。」とあり
それに対して杏里も
「自分の内にある感情をきちんと伝える。
…友だちって、そういうものだろう。」と
考えています。
そして、この文章を通して
作者が読者に伝えたいことですが
今挙げた
本当の友だちのあるべき姿や
家族のあり方ではないでしょうか。
加奈子と菊枝のやり取りの後
杏里は
「そうか、友だちも家族も同じなんだ。…
自然のまま互いが心地よくいられる。
そんな関係が一番、すてきなんだ。」と
考えていますね。
※物語文を要約する際も
どの会話や内容が
この文章で大事なのかを考え
その大事なところを拾いましょう。
(実際に紙とペンがある場合は
その大事なところに線を引くと良いです。)
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■解答
美穂と杏里が
本当の友だちのあるべき姿について
真剣に話し合う話を通して
友だちと家族は、お互いが
自然のままでいられるのが心地よく
一番すてきな関係だということを
作者は読者に伝えたい。
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■おまけ
あさのあつこさんは児童文学作家で
青山学院大学文学部を
ご卒業されています。
『バッテリー』はのべ千万部を超える
ベストセラーを記録しました。
この『一年四組の窓から』は
進研ゼミ『中1講座』『中2講座』に
2009年9月~2011年3月まで掲載され
城北中学や和洋九段女子中学の
入試問題にも使われました。
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